自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)の息子の成長日記

自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)の診断を受けた3歳の男の子の成長記録。療育のこと、日々の出来事。0歳の少し神経質な赤ちゃんとの生活も。

弟のピアノを見て“もう弾けない”と言ってた兄が動いた理由

いつも見ていただいているのに全く更新できず申し訳ございません。

 

主人公のかぼちゃんは完全な不登校になってからの適応指導教室に通い出してからかなり紆余曲折ありましたが

この二年間、周りの支援のお陰で家での暴力が収まり(それでもやはり癇癪は起こしますが不登校時代と比べると耐えれるレベル)、とても穏やかに過ごしています。

 

 

今日は弟(ぼうちゃん)の初ピアノ教室でした。

 

かぼちゃんはPCが得意で以前習っていたピアノのお陰かPCで作曲するのですが(不登校、暴力が本当にひどいときに医療機関からのアドバイスで辞めました)、それをいつも見ているからか「僕もピアノもっと弾けるようになりたい😄」というので、以前かぼを教えてくれていた先生に連絡を取り、今日初めてのレッスンを受けました。

 

ぼうちゃんの姿、ぼうちゃんのピアノカバンを見た先生が

「かぼちゃんに瓜二つ!!」

「この鞄かぼちゃんが使ってたもの!!」

「お母さん!!ぼうちゃんが横に座っていると昔のかぼちゃんが来たみたいで錯覚します!!😂」

と言ってくれ、そのまま初レッスン開始しました。

 

 

 

見た目は似てるけど中身は正反対の兄弟。

褒められるたびに私に親指をたてドヤ顔をする弟😅褒められるたびに「そんなの音楽の授業で習ってるからわかるよー😏」と😂

 

先生が「かぼちゃんはこんなに喋る子じゃなかったですよね?!」「お兄ちゃんとキャラが違いますね!😆かぼちゃんは自分から喋らない子でしたもんね!😆」

と、とてもかぼと比較して弟を見てくれて

 

「顔は幼い頃のかぼちゃんに似てるのにキャラが違うので混乱します!😂」

と言っていて、私は「二年前に突然辞めたのにこんなに生徒のことを覚えてくれているんだな」と感動しました。

 

 

ちなみにこのレッスンを受けているときにかぼが放デイからの送りをこの教室に届けてもらったので、弟のレッスンを受けてる様子を見たのですが

何か心に刺さったようで、レッスンが終わり家についてから「以前かぼちゃんが弾いてた教科書ある?」と聞いてきたので

「もちろんあるよ!!」と言って本人に渡したら「かぼちゃん、こんな難しいの弾いてたの?💦」と😂

 

そうだよー、でももうピアノから離れてるからこの本の曲弾くの難しいかもだね😅

というと、

今日の弟の様子を見てやはり負けたくないようで、指は動かないけど以前弾いていた曲は弾き、習っていないところは自分で楽譜をよんで弾いていました。(もう音符読めないて言ってたのに普通にヘ音記号も理解して弾けるんだね😂)

 

 

ピアノの先生曰く、「一度ピアノを辞めた子はピアノに戻ってくるのは難しいですが(男の子は特に)、兄弟で自分より下の子が演奏していると『やっぱりしようかな』と思う子が多いんですよ😊デイサービスのお迎えの時間の関係もありますでしょうが、ぜひぼうちゃんがレッスンを受けてるところをかぼちゃんに見せてあげてください😊」と言っておられ

 

今日のぼうちゃんへの教え方もですが、やっぱりこの先生いいなぁ、と感じました。

 

3年生になって

2年生の時の担任も若い先生ではあったのですが(だからこそ家庭での様子を伝えてもぴんとこない)、3年の担任はほぼ新人のような先生が担任になりました。

 

発達外来の先生に伝えると「本来支援級というのはそうやってころころ毎年担任が替わるのは望ましくないんだけど💧」と言っていました。が、「とりあえずお互い始めまして、だし、様子を見よう」と言われ、様子を見てましたが、2年の頃よりひどくなりました。

2年生の時

2年生の担任の先生もとても温かく対応してくれているとは思います。ですが…

 

 

 

遅刻、欠席は甘えが入っている、かぼちゃんの学校での様子を見てて問題はないのでもう少し学校に登校するよう促してください、と遠回しに言われました。

 

 

 

いやいやいや、どれだけ毎日学校から帰宅してから家で爆発(パニック)してるのか知らないでしょ?

発達を診てくれてる主治医からも遅刻欠席しててもそれだけ通ってるから本人頑張ってる!と言われたことを伝えるのですが(もちろんその他もろもろ)

 

 

何か気に入らなかったのか…

主治医は遅刻欠席しても頑張って学校に通っているんだからそれでいい、と言っていたのを伝えるのですが担任は不満そうで

本当に癇癪と暴力がでる毎日で、それを伝えても「学校には関係ない、ご家庭の問題だ」というようなことを言われ、私もこの頃から精神安定剤を飲むようになりました

自閉症の息子のお気に入りの服の洗濯後の干し方

まだ喋れず、自分の気分を表す時は泣くか癇癪を起こすかでしか周りに(というより私にしか表してなかったなぁ😰)伝えられなかった頃の息子のことを思い出しました。

 

この頃は今よりとても自分ルール、こだわりがあり、思い出す限りだと

・決まった水筒でないと飲み物を飲まない

・○時に出発ね、と約束してしまうと秒針が1秒でもその時刻を過ぎるとパニックを起こす

・お散歩のルートをはしょろうとするとパニックを起こす

・地域の18時の音楽が流れたときにまだリビングのカーテンが開いてたらパニックを起こす

・電子レンジを使い終わった後に液晶をそのままにしていたらパニックを起こす(これは今もですが)

 

他にも色々あったのですが(もちろん今もまた新しいルール増えてます😰)、最近お気に入りのトレーナーができたんです。

毎日着ないと気が済まないお気に入りのトレーナー。

 

 

そこで昔の息子を思い出しました。

息子、昔ピンクのパーカーが大好きで毎日着てたのですが私が勝手に洗濯すると干していた濡れているパーカーを無理やりとって泣きながら着ようとするんですよね(自閉症あるあるで体の使い方が不器用なので一人で着ることができず私が取り上げていたのですが)

 

パーカーがない=洗濯された

じゃああそこに干してるはず→やっぱりあった→濡れてるけど着る

 

というのをOTに相談したのですが、同じものをもう一枚買ってあげてください、と言われ😅

ですがこれ貰いものでしかも10年前に販売されてたものだったので調べても同じ色は売ってなくて似たような色のものを買いましたがやはり気に入ってくれず

 

 

その年がたまたまカメムシ大量発生だったので毎日洗濯物につくカメムシの対策を検索していると

「洋服を洗濯ネットに入れて干す」

と書いているのを見つけました。

といっても大人二人、子供一人、赤ちゃん一人分の洗濯量の洗濯ネットを買うとかなりの金額になるのでとりあえず子供達の分だけ用意して早速一枚一枚服の上に洗濯ネットでカバーしてから干していた時です。

 

案の定息子がてけてけてけ💦とピンクのパーカーを探しに来ました。普段ならすぐ見つけて指をさし無理やり引っ張って着ようとするのですが今回は「ん?」と不思議そうな顔をし、次は洗濯機へてけてけ走り出しました。

洗濯機の中が空なのを確認すると「あれぇ?」というような顔をしてすたすたリビングに戻っていき普通に一人遊びをしだします。

 

あれ?もしかして洗濯ネットがかかってたから気づかなかった?😲と思い、また数日後同じように干してみるとやはり気づかない😲

 

このパーカーが着れなくなるまでこの方法で洗って干していました(季節関係なく着るぐらいお気に入りでした😓)

 

 

小学3年生になった息子。

療育のお陰で自分の気持ちが伝えられるようになったことと(私以外の人間にはまだ伝えられず家で癇癪を起こしますが💧)、時間の感覚がわかるようになったこと

洗濯機50分、ガス乾燥機35分でそのトレーナー着れるようになるから洗わせて🙏というと「しょうがないなぁ😏」と言って洗わせてくれます😂

 

こうやって昔を振り返ると成長を感じますね😄

もしかしたら昔からガス乾燥機を導入しておけばあの頃の苦労は無かったかもしれませんが😓

登校拒否から不登校→適応指導教室

本格的な不登校になりました

学校には色々言いたいことはあるのですが

 

不登校になってしまったのはもうしょうがない

 

唯一感謝できるのは1年生の頃から通っていたデイサービス

どこの地域も発達障害と診断され、デイサービスに通うとなると相談員さんがつくんですか?

 

息子の様子をこまめに聞いてくれていた相談員さんに不登校だと相談したらすぐ対応してくれ、毎日ではないですが日中デイサービスで預かってくれることになりました

息子はここが大好きで、「学校いけないんだったらデイいこーや!」というと喜んで登園します(たまに癇癪を起こすときもありますが私も仕事があるので連れて行きます😰)

 

先月からは適応指導教室に週1回通うようになりました。

自閉症を診てくれている先生から適応指導教室を促されたからです。まず私はその存在を知らなくて

ちなみに主治医は、息子が9月から全く登校できなくなったというと「やっぱりね」というような感じでした。見越していたのだと思います。

ちょうどその受診の日は担任の先生も来ていたので一緒に主治医の話を聞いてもらっていたのですが

主治医が適応指導教室に通わせましょう、これは学校から連絡してもらわないといけませんが…

と先生に言ったお陰か?担任がすぐ対応してくれました

 

 

今年赴任した校長先生も不登校に理解があり、

学校がすべてではない、ここに通えなくてもそうやってデイサービスに通えることはかぼさんにとって自宅以外にも居場所がある、と感じてることだと私は思います、と言ってくれました。

ですがやはりデイサービスはデイサービス

昼間に預かってもらっているときに同年代の子供がおらず大人が、大人のみが息子に対して対応しているというのが気になるということで

やはり適応指導教室に通えるようになったほうがいい、と言われました

2年生になって

話が飛びます

 

2年生になり担任がかわりました。

また小学校に入れなくなりました。

 

1年生の頃は担任の先生が遅刻しても下駄箱までお迎えに来てくれてましたが(なぜうちが登校してるのか分かるんだろう?と思ってましたが多分意識してこまめに駐車場を見てくれていたのだと思います)、今の担任の先生はそれはなく

毎朝私が教室まで付き添い、先生が来るまで待機するという毎日です。

 

先生の考え方の違いもあると思いますが、1年生の時の先生は登校重視でした。

宿題は出すけど別にしてこなくてもいい、とりあえず遅刻しても学校に来て下さいという考えでした。

これは発達を見てくれている主治医の意見に賛同してくれていたのだと思います。

一年生④

入院自体は一週間程でしたが、家で長く過ごしていたせいか9月末には「早く小学校行きたい」と言い出すようになりました。

毎日私と弟しか遊び相手がいないのでつまらなくなったのかなと思います。

療育の効果だと感じました。

 

10月1日になると珍しく自分から目覚ましを止め、「かぼちゃん今日から学校だよ!」とうきうきです。

一学期と打ってかわって遅刻せず登校し、担任の先生にも褒められました。